「遅いぞ。」
玄関で出迎えて下さったのは、仁王立ちの佐々木先輩だった。
「・・・すみません。道に迷いました。」
いきなり呼びつけられて、その上、怒られて。何だか割に合わない気もするけど、高校生活での上下関係はこんなものだろう。待たせてしまったのは確かだし。
「全くどこまでも『お約束』の男だな、お前ってヤツは。ほら、上がれ。」
横柄な物言いながらも、俺の両手に下げた荷物を持ってくれたりなんかする。
「あ。すみません。」
「『おみやげ』、どっさり持たされたな。重かっただろ?」
からかうような笑みを向けられた。
気さくでいい人なんだよな。人気があるのもうなずける。
「こっち入って。お茶の用意してもらってるから。さっそく頂きたいところだけど、まずは夕飯だよな。お前もまだなんだろう?」
玄関を入ってすぐの和室に通される。
「はい。まだです。」と答えながら、ぎくしゃくと、慣れない正座で座る。掌が汗ばんできた。
(お茶を出されたら、御挨拶して。それまでは、やっぱ正座だよな。そんで、「お楽に。」って勧められたら・・・・・足を崩していいんだよな?)
佐々木先輩は、ごく自然に正座して寛いだ様子だ。自然体で正座なんだろうか?想像を絶する所業だ。
先輩が正座してるのに、足を崩したりは出来ないかな。足が痺れて、座ったままコロンと転んだりしたら・・・・笑われるだろうな。「お約束」男決定だ。
ううう。緊張する〜〜〜。
(おうちの方に、きちんと御挨拶してね?)
母親のアドバイスは、何ら具体的でない分、ただプレッシャーになるだけだった。
立派な門構え。旅館なのかと思うほどに広い玄関。そして、通された部屋は二間続きの広々とした和室。
その奥は。
(あれ?これって・・・・稽古場、かな?)
視線を巡らせば、和室の向こうは板張りの広い空間だった。学校の武道場に似ている。
(佐々木先輩の家って、そういえば・・・・。)
「失礼します。」
声に振り向くと、浴衣姿の市ノ瀬が、盆に載せた三人分のお茶を運んで来たところだった。
(・・・・・・なんで?)
市ノ瀬は綺麗な所作で座敷に入り、こちらに歩いてくる。足元は裸足ではなく、なぜか白足袋だった。
「道に迷ったんだって?馬鹿だなぁ。喉渇いたでしょ?」
優しく声を掛けられ、お茶を勧められた。
でも何だか信じられなくて、ボーーッとしてしまって、ろくに返事も出来ない。
「荷物は重いしな。すごいだろ、これ。全部コイツの母上の手作りだぞ。」
佐々木先輩の茶化しに、俺は慌てて反応した。
「あの!・・・つまらないものですが、どうぞ。」
すると、呆れたような目付きで見返されてしまった。
「藤崎。『つまらないもの』ってことはないだろ。美也子さんのお手製だぞ?そういうときは『母が作りました。お口に合いますかどうか分かりませんが。』って言うんだ。」
えっ。でも、お母さんがそう言えって・・・・と言いそうになって、言葉を飲み込む。
「だって、お母さんがーーー」だなんて、まるっきり小学生みたいじゃないか!
俺も一応男なので、好きな子の前ではカッコつけたいのである。・・・・・でも実際はと言えば、とことんカッコ悪い。何から何まで。
赤くなったり青くなったりしている俺に構わず、佐々木先輩は次々に箱を開いて市ノ瀬と一緒に覗き込んでいる。
「うわあ。お店で売ってるのみたいだ。きれーい。これみんな、修成のお母さんが作ったの?」
無邪気に喜ぶ市ノ瀬の様子に救われる。
「母はお菓子作りが趣味で。この暑いのにケーキ焼いちゃったりするから大変なんだ。」
つい、愚痴をこぼすと、また先輩からチェックが入った。
「罰当たりなヤツだな。手作りのおやつだなんてすごい贅沢だぞ。お前、スナック菓子とか食べたことないだろ?」
「・・・食べたことはありますけど。家では食べません。」
―――――――母が泣くから。いや、ほんとに泣くんだ。あの人。
先輩は、「そら見ろ。」と、威張る。なぜそこで先輩が威張るのか。よく分からなくて首をひねる俺である。
「お話し中に、御免なさいね。」
声が掛かって、俺は慌てて廊下に目を向けた。今度こそ『おうちの方』だ。
「それじゃ、私たち出掛けて来ますから。藤崎さん、静さん、ごゆっくりね。」
和服姿の凛としたおばあさん。それからやっぱり和服のお母さん。お姉さん(だと思う。先輩とよく似てるから。)までが着物だった。
「若師匠に、静さんは今晩はうちに泊まるからってお伝えすればいいのね?」
「よろしく。」
お母さんの確認に、先輩がにこやかに答えた。「な?」と、市ノ瀬に同意を求めている。
市ノ瀬は、「よろしくお願いします。」と頭を下げた。
「静さんも、遠慮なさらないでお出でになればいいのに。堂々と若師匠のお隣りに座ってらっしゃればいいんですよ。」
おばあさんの気遣わしげな言葉に、市ノ瀬は静かに首を振った。
「とんでもないです。僕はこちらでお稽古させて頂いたほうがいいですから。お家元と若師匠によろしくお伝え下さい。」
◇
『浴衣会』の打ち合わせだそうな女性三人は、上村先輩の家へ出掛けて行った。昼間も打ち合わせがあって、一旦帰って夕食を済ませて、また集まって続きをするのだという。
いただいた夕食はカレーだった。先輩と市ノ瀬が二人で作ったのだそうだ。
「三人で作るはずだったんだぞ。」と言われたが、またもやカッコ悪いところを見られる羽目になるのを救われて、俺は胸を撫で下ろした。
中学のときの調理実習も、遠巻きに見学していたクチだ。俺の包丁さばきじゃ、人を殺しかねない。いや、ほんとに。
食事の作法なんかを、また先輩にチクチクやられるのかと思っていたので、気軽に食べられるカレーで心底ホッとした。
冷蔵庫で冷やしてもらっていたゼリーとババロアをデザートに食べた。二人とも「すごく美味しい。」と喜んでくれたので、俺も自分の手柄のように嬉しかった。
三人で後片付けをして、「まだ食えるな。」と佐々木先輩が言うので、続けてクッキーの箱も開けた。
紅茶とクッキーを囲んで、自然と会話も弾む。(お母さん、ありがとう!)
「浴衣会って、何をするわけ?」
俺の質問を横で聞いていて、先輩がニヤリと笑った。
「お前、盆踊りとか想像してるんじゃないのか?」
「そんなことありませんよ。」
・・・実は、そんなことある、けど。
二人きりだと、いつも緊張している市ノ瀬も俺も、先輩の同席というワン・クッションがあるおかげで普通に会話出来ていた。先輩様々だ。
市ノ瀬は、なんだかすっかりリラックスして、穏やかな柔らかい表情だ。それでもまだちょっとぎこちないところなんか、付き合い始めた最初のころに戻ったみたいな感じでこそばゆい。
「踊りの衣装って、本式だと結構すごいんだよ。ちゃんとやるとお金もすごくかかる。だから、夏の暑い時期は浴衣でやるんだ。まあ、わりと略式っていうか。」
「でも、揃いの浴衣とか帯とか毎年新調するじゃないか。本衣装ほどじゃないにしても、掛かりは相当なものだろ。」
「まあ、そうだけど。」
「今年の浴衣はどんな柄にするかだの、誰がどんな演目を踊るかだの、プログラムの印刷はどうするかだの。なんだかんだと決めることがこまごまと山ほどあるのさ。祥一郎は今頃そのなんだかんだを上の空で拝聴してるってこと。――――――静にすっぽかされて。」
「・・・すっぽかすなんて人聞きの悪い。」
「事実じゃん。そそのかしたのは俺だけど。」
二人の会話を聞いていて、ようやく俺にも事の経緯が見えてきた。先輩様々々だ。あの上村先輩を出し抜くなんて。
・・・・・・・・・・大丈夫なんだろうか?
「今も『市ノ瀬』のままなのに、祥一郎さんと一緒に会合になんて出れないよ。」
「そうだよな。祥一郎は急ぎすぎだ。」
「でも、ドタキャンは・・・・・やっぱりちょっと心苦しい。」
「祥一郎が一人で勝手に空回りしてお前を引っ張り回してるんだから、気に病むことはないさ。」
「・・・・・・・・・・。」
「針のムシロの長時間の苦痛を回避して、その時間を稽古に回したいっていう気持ちを汲んでやれないんなら、俺から祥一郎に説教してやる。静は何も心配するな。」
かなりな部分、内輪な会話を聞いてしまったようで、いいんだろうかと思う俺である。
だいたい、俺がここに呼ばれた理由って何だろう。
・・・・お菓子の配達係?
クッキーを摘まんでジッと眺めていると、佐々木先輩が吹き出した。
「あはは。面白いな、お前。案外和むヤツだ。そんな哲学的な表情でクッキーを睨むなよ。ああ、おかしい。」
・・・・そんなに笑わなくても。
見ると、市ノ瀬もニコニコして俺を見ている。笑顔がすごく可愛い。
「よし。満腹になったことだし、そろそろ始めるか。」
佐々木先輩が居ずまいを正す。
「はい。」
市ノ瀬は、立ち上がるとすぐに部屋を出て行った。
何が始まるんだろう?
「お前、『何が始まるんだろう?』って、顔に大書きしてあるぞ。ちょっとはポーカーフェイスを覚えろ。分かりやすすぎだ。」
指摘されて、本当に書いてあるわけじゃないのは分かっていたが、両掌で乱暴に顔を擦った。頬をパンパンと叩きながら、「何が始まるんですか?」と聞いてみる。
「もちろん、稽古だよ。」
やはりの答えが返ってきた。
「お前、眠くならないように、そこでほっぺた叩きながら見学してろ。」
「はい。」と答えたら、佐々木先輩はまた吹き出した。
◇


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Date:2007/09/26
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Thema:自作BL連載小説
Janre:小説・文学